さよなら流馬(5000形車両)

千葉県流山に用事があり、流鉄流山線に乗車してみると偶然乗った車両が2017年7月末で
引退』との貼り紙が各所に貼られていました。何かの縁を感じ、せっかくなので撮影

なお専門的に電車写真を撮影していないので、鉄道ファンの方には物足りないのはご了承を
さよなら流馬05
流鉄流山線は馬橋駅と流山駅をおよそ15分たらずで往復する路線。駅間もそれほど距離が
無いので流山で用事を済ませた後に線路沿いに歩いてみると引退する列車が通過
さよなら流馬01 さよなら流馬02
自分の写真では分かりづらいとは思いますがヘッドプレートに「ありがとう5001F流馬
さよなら流馬06
行き先も「惜別流馬」と書かれていて、それほど思い入れのない(失敬)自分ですら感傷的に
さよなら流馬07
トボトボと歩いていると馬橋方面に行った列車が折り返して流山方面に向かってきました
さよなら流馬08
こちらのプレートも特別製。「流山最終」と書かれていましたけど、変わる途中かな?
さよなら流馬03 さよなら流馬04
ちなみに歩いていると熱心な鉄道ファンの方が大きなカメラを構えて待っている風景もちらほら
さよなら流馬09
ちょっと順番は違いますが流山駅で停車していたときの風景。偶然利用して引退すること知った
ローカル線の車両、毎日利用している地域住民の方の中には愛着を持つ人もいるとは
思いますが、その気持ちはひとしおなのでしょう。おつかれさまでした

流鉄
http://ryutetsu.jp/

※なお公式ページには8月に検査、塗装変更して再デビュー予定とか
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流山の赤城神社

千葉県流山の住宅街を歩いていると赤城神社あかぎじんじゃ)という
神社の近くを通ると奇妙なものが視界に入ってきました
流山の赤城神社01
鳥居にアンバランスともいえるほど大きなしめ縄、最初みたとき「鳥居」と思っていましたが
写真でよくみると違うような気もします、でもとにかく「しめ縄」の巨大さは驚きです
流山の赤城神社04 流山の赤城神社05
説明書きによれば、この大しめ縄は秋の例大祭に毎年絞めなおされ「しめ縄づくり」は市指定の
無形民俗文化財、その大きさは長さ約10メートル、太さ1.5メートル、重さ約700キロになるそうです
流山の赤城神社02
奥にも鳥居がありますがこちらにかかるしめ縄は普通サイズ
流山の赤城神社06 流山の赤城神社07
さらに境内に入り小高い場所、赤城山にたつ社殿へ行くと、まだそれほど
年月を経っていないような狛犬がいます。すこしコミカルな顔つきかな?
流山の赤城神社03
この赤城山に上州の土あるいはお札が流れ着いたことから、「流山」の地名が
ついたといわれる流山地名発祥の伝説のある神社だそうです

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白梅と流長寺

千葉県流山、小雨が降り始めていたこの日、市内を散策をしていると真っ白な梅の花を発見
白梅と流長寺01 白梅と流長寺02
流長寺(りゅうちょうじ)というお寺の敷地内だったので参拝がてらに見物を
白梅と流長寺06
空模様が優れずせっかくの白梅が映えていませんが、晴れているときさぞ綺麗でしょう
白梅と流長寺05
本堂とウメの花を一緒に撮影。こちらのお寺は江戸時代に創建されたという流山寺院
白梅と流長寺03 白梅と流長寺04
ご本尊は阿弥陀仏(あみだぶつ)で流山七福神の”恵比寿像”も境内には飾れています。
ウメの花にひかれて思わぬ良い場所にたどり着きました

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新撰組流山本陣

千葉県流山市、流鉄流山線の終着駅「流山」駅に降り立つと
駅前で「新撰組近藤勇土方歳三離別の地」という看板をみつけました
新撰組流山本陣跡01
あまり時間がなかったので、とりあえず一番近そうな場所に向かうことに。
細い路地を歩いて、現在では住宅地の真ん中に位置する「新撰組流山本陣跡」、「近藤勇陣屋跡」
新撰組流山本陣跡02
歴史、新撰組に詳しい方ならば、流山と新撰組との関係はご存知だとは思いますが
自分も知りませんでしたので簡単な説明を。幕末の時代、大政奉還により
立場が逆転した新政府軍と旧幕府軍とが激戦を繰り広げた”鳥羽伏見の戦い”。
新撰組流山本陣跡04
旧幕府軍は破れ新撰組は江戸、足立区綾瀬と敗走し、流山にたどり着いたのですが、
新政府軍に囲まれ偽名を名乗っていた局長・近藤勇は事情説明をうけることになり連行、
そのまま素性が露見し、救出を画策した副長・土方歳三の計画もむなしく処刑されることに
その後土方は残りの新撰組を率いて会津を経て、函館の地で終焉を迎える。
新撰組流山本陣跡03
新撰組を取り上げた時代劇などではクライマックスの部分で逸話は知っていましたが、
ファンの方などには当然のことなのでしょうが、舞台はここ千葉県流山だったんですね。
ただ、この日は自分以外にまったく見物、観光客の人はほかにいませんでしたが
イベントや記念日などには人が集まるのでしょうか

流山観光情報
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/nagareyama-s.a./


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「加」という地名

千葉県流山の町を散策していたら道端の標識に一瞬、目を疑いました
加01
漢字一文字で「」?
地元の方なら何も不思議がることでも知れませんが、
知らない人にはなんと読むのかわかりません。
加02
調べてみるとそのまま「カ(ka)」と読むそうです

「音(おん)で一文字の地名珍しいなぁ・・」と思いましたが
自分の地元も「イ」「ロ」「ハ」(こちらはカタカナ)という地名ありました
見つけたほうより後者の方がインパクトあるかもしれませんが,,,,
とにかくこういう地名もあるんですね

流山市公式ホームページ
http://www.city.nagareyama.chiba.jp/
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